群馬県立高崎女子高等学校 SSHシンポジウム議事録

SSHシンポジウム 『理科離れをなくすために』
日 時: 平成19年11月8日(木)14:00〜15:40(6〜7限)
場 所: 本校体育館
対 象: 本校生徒及び職員、県内公立高等学校等教員
シンポジスト:
お茶の水女子大学 センター部長・人間文化創成科学研究科
理化学研究所先端技術開発支援センター
筑波大学大学院図書館情報メディア研究科
群馬大学医学部附属病院病理部副部長
群馬県教育委員会義務教育課
本校生徒代表

教授 千葉 和義*
理学博士 高橋 勝緒*
教授 長谷川秀彦*
准教授 平戸 純子*
指導主事 黒澤 英樹
3年生 乗附 未季
(*は、本校SSH運営指導委員)
コーディネーター: 群馬県立高崎女子高等学校 校長 飯野 眞幸

※これより以下のように省略表記させていただきます。
千葉和義:千 葉   高橋勝緒:高橋勝   長谷川秀彦:長谷川 
平戸純子:平 戸   黒澤英樹:黒 澤   乗附未季:乗 附
飯野眞幸:校 長   高橋 滋:高橋滋

校 長: みなさんこんにちは。群馬県の中学校、高等学校の先生方もおみえになっている。
また、報道機関の方々にも感謝申し上げる。
本校は平成15年に文部科学省よりSSH(スーパーサイエンスハイスクール)の指定を受けた。指定された学校には大学の先生方を中心とする、運営指導委員会を設けることになっている。本日ご参加いただく4人の先生は運営指導委員として本校のSSH活動を支えてくれた方々である。SSHクラスだけでなく、全校生徒へ向けて先生方からエールを送っていただきたいと思う。また、全国101校あるSSH指定校のうち、女子高は本校を含めて4校ほどしかなく、全国的に女子高としてのSSHは注目されている。そこで、SSHクラスのみならず学校全体にSSHの効果が波及するにはどうしたら良いかを運営指導委員の先生方に相談し、シンポジウムという形を取ることになった。
「理科離れ」をテーマに選んだのは、全ての学年に関心をもってもらえると考えたからだ。
文部科学省のホームページにもでてくる。国も意識している問題であるが、定義ははっきりしない。児童生徒の理科への関心が低下してきた、学力テストで点数がとれなくなってきている、社会人が科学的知識を持たなくなってきた、これらを総合して「理科離れ」としているようだ。一部には理科離れは存在しないという意見もあるが、今回は理科離れがあるという前提で進めていきたいと思う。
主人公は生徒である。大人だけで議論しても仕方ないので、生徒からも代表として一人壇上に上がってもらっている。また、資料に記載はないが、本校SSH主任の高橋滋教諭にも壇上へ上がっていただいた。
まず、自己紹介と「理科離れ」という言葉について抱いている印象を話していただく。
乗 附: 3年7組SSHクラスに在籍している乗附です。最近「理科離れ」という言葉をよく聞く。しかし校長先生がおっしゃるとおり、定義もはっきりしておらず、自分たちが理科から離れているのかについては良くわからない。
長谷川: 筑波大学の長谷川です。2年7組では科学数学を教えている。「理科離れ」ということについて話をするという意味では困っている。自分がそうかもしれないからだ。みなさんの学校の科目に理科はあるけれど、世の中にはもっと他の理科がある。だから、どこをもって理科というのか、どこをもって数学というのか、文科とか理科とか単純に区別できるのかという立場で、乗附さんが良いことを言ったら、僕がひっくり返そうと思っています(笑)。よろしくお願いします。
千 葉: お茶の水女子大学の千葉です。大学では生物学科にいて、ヒトデの卵で受精などの研究をしています。ですから僕は理科が大好きなのですが、「理科離れ」ということに関していえば、理科があまり得意でない人も、アンケートをみると実験が好きな人は多い。実験が好きな人が多いのに「理科離れ」ということがみえてくるというのは、一つには理科があまり役に立たないと考えている人が多いのだと思う。理科が実生活の中でも役に立つということを、伝えたいと思う。例えば、実験においてはコントロール実験をとるということが大切。そうでないと本当に考えていることが正しいのかわからない。実生活においても同じ。何か起こったことに対して、原因は何なのか、本当にその原因で起こったのか、を考える際にコントロール実験の考え方が役に立つ。
高橋勝: 理化学研究所の高橋勝緒です。長い間物理と化学の間のような研究を行ってきた。「理科離れ」が話題になっているが、理科が嫌いだという方々の理由として「難しい、わからない」という答えが多い。しかし、理科又は科学において一番大切なものは、「不思議だなあ、どうしてだろう」と思うことだと考えている。わからないこと、答えが出ないこともたくさんあるが、疑問に思うことそのものが科学であると考える。
なぜかといえば、我々研究者が給料をもらって研究できるのは、わからないことがたくさんあるからだ。わからないことがあるから研究する。理科の授業がわからないかつまらない、というのは思い直してもらいたい。私は理科において重要なのは疑問を持つことだと考えている。試験問題も、現在のように正しい答えを書くのではなく、「わからないことを書いて下さい」というものでも良いのではないかとさえ思う。科学に興味を持つ原動力は好奇心、つまり疑問に思うことだと思う。式が解けないからだめ、わからないからダメというものではないはずだと思っている。まず疑問に思って、不思議だな、と思ってほしい。昨日のニュースで、あるブレスレットをすると血液がサラサラになるということを信じて、何十万円も騙し取られたという報道がされていた。そういうことが起こらないようにするのも理科の役割ではないかと思う。もう少し気楽な意味で理科を好きになってほしい。
平 戸: 群馬大学医学部の平戸です。私は群馬県出身で高校は前橋女子高校だった。今から三十数年前、みなさんと同じような立場にいた。その頃の私自身は理科大好き人間で、将来は生物を専攻しようかと考えたが、医学の方へ進み、現在に至っている。「理科離れ」ということに関して、アンケート結果をみるまでは、今の子供達は外で遊ぶことが少なく、自然とふれあう機会が少ないことから、理科に興味が向かないのかもしれない、と漠然と考えていた。しかし、アンケート結果を見るとどうやら違うようだ。身近で「理科離れ」を感じるのは、夫も医学をしているが、娘は4人とも文系に進んだということで感じている。
黒 澤: 群馬県教育委員会義務教育課で理科の担当をしている黒澤です。
小学校で15年間教員をしていた。その後教育委員会に入り、今年で8年目になる。そういうなかで小学校、中学校での理科の授業の様子を見てきた。私が経験したり、見たりした中では、小学校と中学校とでだいぶちがうと思う。小学校では理科が好きな子が多いと感じる。小学校3年生から理科の授業が始まるが、3年生くらいの子はかなり理科が好きな子が多いように感じる。しかし、だんだん学年が上がるにつれて、中学校くらいになると、抽象的な内容なども扱われるようになり、だんだん理科が嫌いになってしまう子がでてくるというふうに思う。ただ、同じ中学校でも、先生の影響というのがかなりあり、楽しく実験等をしてくれる先生のところは子供達が積極的に理科に取り組んでいる。
教員の間では、例えばアルコールランプに火をつけるためのマッチを擦ることにかなり手間取る、というように、昔と比べて子供達の自然離れ・生活体験離れというものが進んでいるのではないかということも話題にあがる。
校 長: みなさんの手元あるアンケート結果について担当の高橋先生から説明していただきたい。
高橋滋:  グラフの中に「文科省調査」と記載があるが、こちらは文部科学省のHPに記載されております、国立教育政策研究所が平成14年度に実施した「高等学校教育課程実施状況調査」から女子の結果を抜粋したものである。また、物理・化学・生物・地学を合計して理科とし、本校との比較対象とした。
「理科が好きだ」という質問に対して「そう思わない」「どちらかといえばそう思わない」と回答した生徒に対して自由記述でその理由を尋ねた。これは配付資料にはないので、口頭にて説明する。最も多い回答は「難しくなった」であり、「計算が多くなった」「おもしろくない」「興味がもてない」との回答が続いている。中には理科が好きな理由を書いてくれた生徒もいて、そのなかでは「実験が楽しい」というものが一番多かった。
 校 長:  本校の生徒は6割近くが、理科が「好き」または「どちらかといえば好き」であり、国の調査の約35%(女子)約41%(男子)に比べて高い割合で、誇るべき数字だと思う。これらのアンケートについて先生方のご意見等を伺いたい。
長谷川: 自分の学生時代を振り返っても物理・化学・生物・地学全て好きで良くわかる、というのは難しいと思う。苦手な科目はあるし、苦手だと「好きだ」とはいいづらいと思うが、「嫌いだ」と思い込まないことが大切だと思う。「嫌いだから絶対に嫌だ」というマイナスの思い込みは、将来にとってマイナスだと思う。理科が嫌いだからといって法学部に進学して弁護士になった後、医療過誤の裁判を担当して再び理科に出会うことだって考えられる。みなさんの未来はまだまだいろいろな可能性がある。理科が嫌いでなければいいと思う。
千 葉: 感想になりますが、理科が好きな人が必ずしも理科に関わる仕事に就きたいと思っているとも限らない。また、理科の勉強は受験や就職に役立たなくても大切だと考えているが、理科の勉強をしたいという人はそれよりも少ない。その理由に興味がある。
高橋勝: 好きだと答えた方で自由記述を書いてくれた方は、「先生が良かったから」と書いている方が多い。嫌いだと答えた方は「難しい」という答えが多い。長谷川先生も言われたように、そこでギブアップしないでほしい。私も学生時代は漢文が大嫌いだったが、中国へ旅行して中国語で漢文を聞いたら素晴らしく綺麗だった。将来、科学に関してそういったことに出会ったときに、それを楽しんでもらいたい。難しい試験問題のために理科が嫌いになってしまうのでは、教育としては本末転倒。確かに科学には厳密さや数値的な解析などが必要であるが、もっと感性として科学に親しんでもらいたい。今嫌いでも、だんだん好きになっていってほしい。好きな人は、高校で習うことの先に繋がっている深い部分にぜひ挑戦してみてほしい。
平 戸: アンケートの結果を見て気付かされたのは、理科を嫌いになったのが高校時代からという人が圧倒的に多いということ。小中学校では実験や身の回りにある具体的な現象についての学習が多いが、高校になると実際には目に見えないもの、概念的なものが入ってくるということと、数式が入ってくるということが理由なのではないかと思う。それを難しいと感じて、理科から離れてしまうのではないか。理科自体が嫌いなのではなく、理科の勉強が分からないから嫌いになっていくのではないか。また、中学と高校の学習内容がかけ離れすぎているのかもしれないとも思う。
黒 澤: 義務教育段階で理科を嫌いになった生徒が約45%いる。これを高いと見るか低いと見るかは議論が別れるところだとは思う。義務教育段階では、自分が将来どのような方向に進むか分からないので、科目による好き・嫌いを印象づけたくないと思っている。そういう意味では、この45%を下げる努力を行っていかなければならないと思っている。長谷川先生もおっしゃったが、好き・嫌いを決めつけてしまうと、可能性を狭めてしまうことにもつながり、良くない。また、理科を好きな理由について小中学校での体験を挙げている人が多い。科学者などでも小中学校時代に感動がその後の人生に結びついた人も多い。小中学校で、より多くの感動体験を与えることができるように努力したいと思う。
乗 附: 文科省のアンケートの過去の結果が分からないので、理科離れが進んでいるのかどうかはわからない。一方で高女のアンケートをみると、「理科が生活に必要だ」と考えている人がとても多く、例え勉強が苦手でも必要だと感じているので、理科離れがそれほど深刻なようには感じない。
校 長: それぞれのアンケートに関する見解をいただいた。
嫌いにならない、点数がとれなくてもめげない、ということが大切。
ノーベル化学賞を受賞した田中耕一さんという人の書いた文章に、小学校4年の時に担任の先生が、理科が好きな先生だったとのこと、その先生のおかげで理科にのめり込んでいくようになったことが書かれていた。先程も話題に出たが、先生の姿勢に生徒はとても啓発されているような印象を受ける。そしての傾向は小学校低学年ごろからすでにみられるようだ。
黒 澤: その通りだと思う。小学校ではクラス担任が理科を教える。最終的に習う内容は同じでも、教える先生のやりかたによって、子供達の感動、興味、関心などに違いが出るかもしれない。
校 長: 長谷川先生、千葉先生は
千 葉: 実験や観察をたくさん取り入れることが理科離れを防ぐ1つの手法かもしれない。
長谷川: 実験は楽しいので、好きになるきっかけにはいいと思う。しかし、実験がないから嫌いというのもまた違うような気がする。
乗 附: 確かに実験を用意してくれた先生には、楽しい思いをさせてもらって感謝している。しかし、高校になって実験をする時間がとれなくても先生の話を聞いたり、自分で本を読んで想像力をはたらかせることもできるので、実験がないことが直接理科を嫌いになることに繋がるとも思わない。
校 長: ありがとうございました。
同じくノーベル賞を受賞した白川先生の書かれた文章の中に、理科の勉強は教科書だけではだめで、やはり実験が大切だという記述もあった。
本校は全国平均に比べて理科が好きな生徒の割合が多いが、一方で理科が嫌いな人は高校から理科が嫌いになった、という結果が出ている。その点は学校として改善していかなければならないと思う。
高橋滋: アンケートの結果を見ると、嫌いになった理由として「高校になって急に難しくなった」という記述が多く見られた。確かに1年生の授業をしていて「難しい」という声をよく耳にする。中学と高校の間でレベルの差が開いてしまっているのかな、とは感じる。
ただ、理科の先生方は理科の授業を楽しくやっていると思う。教えている理科の先生は理科が好きだが、それがみなさんになかなか伝わらないこともあるのかもしれない。また、本校の生徒はほとんどが大学進学を希望しており、進路実現のためには授業時間削減の中でもレベルを維持しなければならず、実験の時間を削減することもやむを得ない面がある。
乗 附: 高女の先生は確かに理科が好きなのだということは良くわかります。
校 長: 義務教育、高校教育段階の話をしてきたが、大学教育段階の話をしたいと思う。理工系離れ、理工系学生の学力の低下、工学部進学者の減少といったことを耳にする。日本は工学部の歴史が長い。科学と技術が一緒になった学部だ。東京帝国大学、京都帝国大学も創立当時から工学部があった。しかしここ10年ほどで志願者は半減している。国や大学も対策を講じている。その点について、いかがか。
千 葉: お茶の水大学ではAO入試の取り組みをしている。プレゼンテーション能力に重点を置いたもので、高崎女子高校の生徒さんはプレゼンテーションが得意そうですから、是非挑戦してみてもらいたい。
高橋勝: 理化学研究所に高校生が見学に訪れることがあるが、その際に強調しているのは、最先端の研究においては物理も化学も生物も地学も一緒になったような分野が重要になっているので、高校で学習する科目の中に不必要な科目はないということ。東海大学での講義をしていて感じることは、試験問題には答えられるが、日常の中にあるもの、例えば「水銀灯はなぜ光るのか」というような質問ではなかなか答えが出ないということ。身の回りにあるものの原理を自分で考え直してみてほしい。
平 戸: 医学では女性が増え、私が学生だった頃の約3倍になっている。今は3〜4割だが、いずれは5割になるのではないかといわれている。医学科というと、入試に物理・化学、数学も必要ということで難しい印象があると思う。しかし実際医学部に入ってから必要なのは「論理的な考え方」。また、臨床を行う際には人間学的な考えが必要になってきて、純粋な科学とは少し異なっている。私は、女性に向いていると思う。これからのみなさんに期待している。
校 長: 義務教育、高校教育から大学教育の方へ何かあればお願いします。
黒 澤: 今、大学の先生が小中学校へ来て、面白い実験等をしていただく機会が増えている。それは子供達にとても良い影響を与えていると思う。子供達が「将来大学でこんなことをやってみたい」というような夢を持つことに繋がるのではないかと思う。是非多くの大学の先生方から子供達に理科の楽しさを紹介していただきたいと思う。
高橋滋: 大学側もさまざまな工夫をして入試制度をつくられていると思うが、是非とも「知っているか知らないか」という知識一辺倒の試験ではなく、考える過程を重視し、総合的判断をしていただきたいと思う。
校 長: これから入試を控えている乗附さんは大学入学後はどのような勉強をしたいか。
乗 附: 高校まではそれほど専門的な勉強はしていないので、大学に入ったら自分のやりたい分野をしっかりと学んでいきたい。
校 長: アンケートの結果を基にさまざまなご意見をいただきました。
理科離れをなくすための具体的な方策を提案していただきたいと思います。
高橋勝: 先程言ったことと重複してしまうかもしれないが、理科の勉強を「間違えてはいけない」というふうに捉えないで欲しい。モンシロチョウの話も出たが、小学校では実物をみて単純に感動したりすることが尊重されるが、中学、高校と進むにつれて、式で書かれたものへ変わってくる。そこに一つの壁のようなものがあるのではないか。「綺麗だなあ、不思議だなあ、何故だろう」と思うことが科学の本質なのではないかと思う。研究者という職業をやっているが、答えを出すことよりも、疑問を持つことが最初の仕事だと思っている。
考えることを重視する教育になっていき、それが大学入試でも評価されるようになっていってくれればと思う。
平 戸: 難しい問題だと思う。中学の理科教育と高校の理科教育とのギャップが大きいのではないか、というのは私の推測に過ぎないかもしれないが、限られた時間の中で受験対策も考えながら授業をするとなると、実験や体験を取り入れるのは難しいと思う。しかし理科にとって考え方の道筋ということが重要であるから、ただ単に数式を解くのではなく、なぜそのような式をたてて解くのか、というような基礎的な部分は、全員が理解できるようなかたちで授業を進めていければ良いと思う。
黒 澤: いま義務教育で行っている事業で、理科支援員等配置事業というものがある。今年度から文部科学省ですすめている新規の事業で、小学校5〜6年生の理科の授業に支援員を配置するというもの。支援員は実験の手伝い、準備、片付け等を行う。現在群馬県には70人配置されている。70人のうち20人が大学生なので、もしみなさんが大学生になったら、ぜひ小学校の理科の授業を応援していただけたらと思う。理科離れを防ぐには良い理科の先生が必要だと思う。そのためには良い理科の先生を育てていかなければならないと思う。
長谷川: 大学に入ると工学部、理学部、文学部、法学部など細分化されていくが、その一つ手前の高校では、理科系文科系どちらに進んでもいいように勉強をする。それはとても難しいことだと思う。大学で理学部数学科の学生が歴史を勉強しないのとは違って、歴史も地理も物理も数学も知らなくてはならない、一番苦しいところにいるのだと思う。それら全てがこなせる、というような人はごく少数だと思う。多数の人は、乗り気はしないが仕方なく付き合っている、というような感じなのではないか。
難しい物理の証明などはできなくても良いと思う。しかし嫌いにはならないでもらいたい。例えば、みなさんが持っている携帯電話をつくる人はどんな人なのか。ディスプレイをつくる人、電池の寿命をのばす人、アプリケーションを書く人など、知らないところで難しいことをして働いている人たちがいる。しかし、その人達も高校生の時代があったはずで、高校で習う科目は昔も今もそれほど変わらない。高校で習ったことが将来生きる場面もあるので、今はいろいろなことを経験する時期だと思ってもらいたい。
千 葉: 個人的な体験を話させていただくが、私はサンマの刺身が好きで、サンマを口に入れると、サンマ独特の香りがしてそれが至福のときだと感じる。そこで、もっとおいしく食べるためにはどうしたらいいか?と考えて寿司飯と一緒に食べてみたが、香りがあまりしなくなってしまった。「なぜだろう?」ととても不思議に思った。理科というのはそういうことなのだろうと思う。みなさんも、「なぜそうなのだろう?」と思うようなことはたくさんあると思う。そしてそれがノーベル賞に繋がっている可能性だってある。
また、私は自分がしている研究が面白くて仕方がない。もの凄く興奮するし、これほど興奮することは他にない。ある仮説を立てて、ドキドキしながら確かめてみたら、本当にそうなったとき、嬉しくて暗闇の中で自然と踊りだしていた。本当に楽しい。
身近な疑問は高校までの知識で解けることもある。みなさんにも是非、このような楽しい体験をしてもらいたい。
校 長: 本当に良いお話をしていただきました。乗附さんから感想をお願いします。
乗 附: 長谷川先生の話にもあったように、文系・理系とも両方大切だと思う。社会に出て行く上で倫理観も重要だと思うし、科学的・合理的観点というものも大切だと思う。
理科離れが問題になっているのならば、理科の大切さや在り方などに目を向けて生活していければ良いなと思う。
校 長: 大変いい意見をありがとうございます。
私は、この国は一体どうなってしまうのだろうという危機感を持っている。政治、経済もそうだが、先日、本校のグラウンドの横に14階建てのマンションができた。マンションというと耐震偽装を思い出す。地震のときにあのマンションが倒れたら、高女のグラウンドまで押し寄せるだろう。そこでもし生徒が体育の授業をやっていたらどうなるかと考える。日本が世界に誇ってきた科学技術というものの信頼性が揺らいできている。私の愛読書にニュートンという雑誌がある。しかし他の科学雑誌のほとんどが発行されなくなってしまった。国民の科学技術に対する一般的教養であるそのような雑誌が売れない。今年の夏にアメリカに行ったが、アメリカではこういった雑誌がとても売れる。ところが日本は、自分の生活に関係のない本は売れない。
新聞に面白い記事が載っていた。今ガソリンが値上がりしているので、セルフスタンドの人気がある。軽自動車に軽油を給油してしまったりするトラブルが増えているそうだ。国民の科学技術に対する関心が薄れてくると、こういったところにも影響が出てくるのだと思う。今日の先生方の意見を参考に、これからも理科に対して関心を失わないでもらいたい。
それでは、質問等ありましたらどうぞ。
生 徒: 私は、理科は苦手だが好きなのでSSHクラスに所属している。理科が好きなのは、小中学校で習った理科が面白かったから。いくら教える側の先生が理科が好きでも、先生の教える力や面白い授業をするテクニックが不足していれば、理科が嫌いな生徒は増えていくと思う。先生方は、どのようにすれば教える技術が向上すると思うか。
長谷川: 難しいことだと思う。何事も練習しなければうまくならないし、失敗することもあると思う。私が心がけているのは寝かせないということ。
千 葉: 自分が感動した授業やプレゼンテーションの技を盗むこと。
高橋勝: 教える側に、一つの正解だけでなく、いろいろな考えを許容する幅があって欲しい。
平 戸: 医学部で学生を教えていた経験からすると、授業のはじめに、その授業では何を重要なものをしているのかを示すこと、視覚的資料も交えて具体的に示すこと、知識を与えると共にそれを使って生徒自身に考えてもらうことが大切だと感じた
黒 澤: 先生にとって一番嬉しいのは、自分が教えている生徒に褒められることではないかと思う。先生がみなさんを育てるし、みなさんも先生を育てるのではないかと思う。
校 長: 他にありますか。
生 徒: 千葉先生が、研究をしていて楽しい瞬間の話をしてくださったが、他の先生方が今まで一番楽しかった実験等がありましたら教えてほしい。
長谷川: 私は専門がコンピュータと数学なので、その数字の並びを見て「やったやった」と喜ぶ感じ。
高橋勝:  高校のときに理科が好きになった。理科のクラブ活動でいろいろなことを自由にやらせてもらって、いろいろなものに触れることができたのが良かったと思う。研究者になってからは、固体の物に真空の中でイオンをぶつけるということをしていたが、これによって他の物質ができることが分かってきた。これは化学反応とは違う。そして、このメカニズムがだんだんと解明されてきた、ということが楽しかった。
平 戸: 私の専門は病理学で、通常は病院で患者さんからとった細胞を顕微鏡で検査する、というようなことをしている。病理解剖というものでは、亡くなった患者さんを顕微鏡などで観察して、どういう病気でなくなったのか、最終的な死因は何であったのか、などを調べる。以前、非常に珍しい病気で亡くなった患者さんがいらっしゃったが、その患者さんにみられた症状の原因をつきとめることができた。自分で考え、辿り着いて、論文で認められたことが今までで一番嬉しかった。
生 徒: 理科支援員という制度があるとおっしゃっていたが、実験などを手助けしすぎてしまうと、子供達が危険なことなどを自分で理解することができなくなる恐れがあるのではないか。
黒 澤: その通りだと思う。理科支援員の方には、子供達にできることは子供達にさせてもらうように説明している。小学校の先生は毎日複数の教科を教えるので、次の日の授業の準備が忙しい。理科の実験の準備は手間がかかるので、担任の忙しさから実験ができないということがないように、理科支援員の方に担任をサポートしてもらっている。
生 徒: スーパーサイエンスハイスクールというものが、理科離れ対策の一環であることは聞いている。しかし、SSHクラスというものをつくると、そのクラスが隔離されているように感じる、という意見や、高い税金をこのようなことに使うのは反対だ、という意見も聞かれるのですが、どう思うか。
高橋勝: 私は、多様性というものが大切だと思っている。SSHだけではなく、英語の方のスーパー・イングリッシュ・ランゲージハイスクールという高校もある。公立、私立、様々な高校があるが、それぞれの高校が特色を持つことが大切だと思う。そして、自分がしたいことが実現できる高校を選べるようになれば素晴らしいと思う。
それから、SSHに税金を使うことが正しいのか、ということはとても大切なことだと思う。この学校を卒業していった生徒さん達が、進路選択にどれだけSSHを活かしているか?ということを追跡調査を行っている。
長谷川: SSHにお金を使うことは無駄"かも"しれません。しかし、教育全体にいえることですが、「こうすれば必ず良くなる」という決定打はいまだかつて出たことがない。今の教育だってうまくいっているか分からないし、いろいろなことをやってみないと分からない。そういう意味では、SSHクラスにはモルモットになってもらって試している、といったところ。SSHクラスのみなさんは、せっかくSSHクラスに入ったのだから、充実したものにして楽しんでもらいたい。
千 葉: 税金はなにもSSHクラスの人たちだけにかけられているわけではなく、普通のクラスに生徒さん達にも多くの税金が使われている
平 戸: 普通の高校生活を送っていると、社会に女性の研究者がどれくらいいるのか、とかどのような生活を送っているのかということはなかなか分からない。私の時代には、研究者がどのようなものか?ということに触れる機会がなかった。だから知っていた医学の道に進んだという面もある。SSHで女性研究者の活躍を見たり聞いたりすることは、モチベーションを上げることにとても繋がると思う。そういった意味でもSSH活動は有意義だと思うし、それを行う上で効率性を一番に考えることもないと思う。SSH活動を通して好きなことを見つけて、頑張ってその道に進んでいくことが結果的に周りにも良い影響を及ぼしていくのだと思う。
校 長: 今、言ってもらったようにSSHにはより税金がかかっている。だからこそ頑張ろう、という気持ちで取り組んでもらえたらと思う。他にも質問の手は挙がっていたが、決められた時間が来てしまった。今日お越しいただいた先生方には後でメール等で質問することも可能なので、閉会させていただく。
今日壇上に上がっていただいた先生方、乗附さん、本当にありがとうございました。